プロローグ

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 二人の間を、びゅう、と風が吹き抜けた。乾いた四月の風だった。
 僕とは微妙な距離を保って立つ彼女は、どこか物憂げな様子に見えた。目線は遠く彼方、僕の姿はその視界に収まってすらいないのだろう。長い黒髪が優雅に踊り、上品に翻ったロングスカートの裾からは、すらりと延びた白磁の脚が覗いた。

 不意に、彼女が僕のほうへ顔を向けた。僕の視線に気がついたらしい。特にいやらしいことを考えていたわけではないのだが、何故か僕は気まずくなって目を逸らした。
 彼女は首を傾げ両目を丸く見開いていたが、僕の心中を察したのか、次の瞬間にはいたずらに微笑んでみせた。
「どうしました? 顔が真っ赤ですよ」
 瞳が細められ、唇の両端が小さく歪む。その小悪魔めいた表情に、僕は胸の高鳴りを感じた。

 僕の背徳的な鼓動と共鳴するかのように、どこからともなくフィルムのからからと回り始める音がした。
 青空の下、春のそよ風が、二人の始まりを爽やかに告げた。


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